ソフトハウス経営.com > ソフトハウスチームからみなさまへ > 神徳 あや
私の母は私を生んで2ヶ月で仕事に復帰したそんな強い(異常?)な女性です。
小さい頃の私はおばあちゃん、おばちゃんの家に預けてもらっていました。
小さい頃の記憶はほとんど無いですが、おばあちゃんのことは『大好き』という感情を持っていたこと、おばちゃんのことは『この人に嫌われてはいけない』という感情を持っていたことは覚えています・・・。
よく大人の顔色を伺う子だったようです。
顔色を伺うなんてあまり良くない行動のように思えますが、この時のこの感情から相手が何を求めているのか、今どうして欲しいのかを考えることが自然と身に付けることが出来、今に繋がっていると思います。
小学生 『夢は吉本新喜劇への入団』
学校ではとっっても普通の女の子でした。
おとなしい子で授業中はいかに先生にあてられないかを考え、存在をうすーーくうすーーくしていたものでした・・・。
『これわかる子手あげてー』にはいくらわかっていても絶対に手を上げない子でした。
・・・が!そんな私は家や仲のよい子の前ではお調子者。
家族や友達に笑ってもらうのが大好き!
憧れというか、自分の将来は吉本新喜劇へ入団だと信じて疑わないほど。
あの頃(約10年前)のネタなら全部言えてましたね。
車を見たら車の名前が言える子供がいるように、
出る役者でどんなネタが出るのかわかる、そんな小学生でした。笑
中学生 『人生のターニングポイント』
私の人生のターニングポイント(っといってもまだまだ20代ですが)は中学1年生の時。
それまで学校では目立たないことに必死だった私が、中学3年生のときには『生徒会長』を努めるまでに変わりました。
それは中学1年生のときに入ったクラブ。
バレー部に入ったのですが、その部に小学校のときに私とは真逆の『目立つ子』が入ってきたこと。
『おとなしい子』にとって天敵の『目立つ子』です。
ただ、今の自分じゃだめだ。変わりたい!っと思っていたことと、バレーという個人の力ではどうにもならないスポーツであることから、だんだん仲良くなって行き気付けば親友に!
そして気付けば学校での私と、身内だけに見せていた私が一致!
ここからは大爆発、大暴走です!
生徒会長として、
『学生生活を楽しくするためには?』
『学校の行事ひとつひとつを面白くするには?』をスローガンにワクワクするため、してもらうために活動していました。
中学生のときに得たことは『人を巻き込んで何かを生み出すときのオモシロさ』でした。
ここで変わっていなかったら今の私はなかったと思います。
高校生 『より私らしく』
中学生で自分をだすことになんの抵抗もなくなった私、ぐいぐい自分を出していきました。
クラブは陸上部に所属し、マネージャをしました。
自分で鬼マネージャー!といいながら、
選手のみんなが練習し易いように、モチベーションがあがるように、大会でいい記録が残せるように・・・
マネージャーとして出来ることをつとめながら・・・
中学校のときに味をしめた生徒会に入り、学校の行事に関与!
最後は副会長で終わりましたが、やっぱり『人を巻き込んで生み出すなにか』は楽しいなぁ!っと感じたこうこう生活でした。
大学生 『趣味?スケジュールをパンパンにすることかな!』
実は大学に行くよりも働きたかった私。母に説得され大学への進学。
ただ自分が決めたことなので、後悔しないよう受験勉強は必死に頑張りましたが、
第一志望には合格することが出来ませんでしたが、近畿大学に入学。
なんと通学時間に片道2.5~3時間はかかっていました(志望校に受かっていたら、4時間はかかっていました・・・笑)
9時から始まる授業に出るために5時半には起きて家を出る生活・・・。
そんな中でもどうしても働きたかった私は、授業を全て午前中に入れ、ギリギリで帰って来てはバイトに明け暮れる日々。
プラスで大学生になっても自治会というところに入って学校と学生の間に立つ所に所属。
移動と授業とバイトと自治会と・・・とにかくスケジュールはいつもパンパンでした。笑
大学3年になり、一人暮らしをさせてもらうことに。
実家のときも家事をしていたので、一人で楽~と思っていたら、、、結構大変。
働く母のすごさ、それを支える父のすごさを痛感そして、尊敬。
母、父を尊敬したのはこの時からですね。それまでは一人で育ったと思ってましたから。。。
一人暮らしをして移動時間がなくなったこと、3年になり授業が減ったことをいいことに、バイトを増やしました。とにかく休みの日が無いように埋めていました。
実は就職活動をはじめたときはコンサルタントという職を知りませんでした。
知ったのは、就職活動をしよう!っと思ってリクルートさんや、マイナビさんに登録し、
いろんな職業が載った冊子が送られてきて、その冊子をくまなく読んでいたそこで発見しました。
3行ぐらいで簡単に説明されていたその文章に何だか惹かれ(カタカナに惹かれただけでしょうか?!笑)
コンサルティング業界のセミナーに行くことにしました。
そのセミナーはコンサルティングとはどういう職業かという話と、ワークだったのですが、学生の私にはとぉぉぉっても刺激的でした。だってひとつの会社のこれからを考えるのですから!!
こんなことが出来るようになるのか!!!!
これこそ私が求めていた職業じゃないか!!っと大興奮したものでした。
それは・・・
大学時代、暇がないようにバイトを入れていた私。
そのバイトは、別に何かが欲しいからでもなく、お金に困っていたわけでもなく働いていました。
『楽な仕事』には全く興味がなく、あくまでも私が身につけたいなと思うスキルがつけれそうかどうかで選んでしていました。
していたバイトは個別塾の先生や、チューター、ホテルのウエイトレス、仲居さん、テーマパークのクルー、居酒屋・・・・etc・・・
塾の先生のときは、
『生徒はどうやったら私との授業を楽しんで受けてくれるだろう』、『この子が勉強したいと思うのはどんな授業だろう』、『勉強って楽しいな!っとどうやったら思ってもらえるんだろう』、『わかりやすい授業ってどんなのだろう』っということを考えてしていました。
そのために、その生徒と一緒の年代の子にどんなことでなやんでいるのかを知り合いの子に聞きに言ったり、
移動中はその日の授業をどう進めるかを考えていたり、学校の先生のようにツールを作ったりしていました。
その工夫がその子に伝わり、その子のお母さんから 『先生に会うの楽しみにしているようなの』っと言ってもらえたり、実際に生徒のテストの点が上がっていたりと効果が見えて嬉しかったですねー!
テーマパークのクルーのときは、直でゲストを楽しませてあげることができ、私はこれが天職じゃないか!?っと思うほど楽しい仕事でした。
ただ、私がそうやって楽しく働く一方で、『稼ぐことだけ』を考えていたりする方もいらっしゃいましたし、
入ってくるときはモチベーション高く入ってくるのに、だんだん『作業としてこなす』ようになったり・・・
『お客様』を優先するのではなく『自分都合』を優先する方もいたり・・・
もちろん一緒に働く仲間と一緒に働きかけていましたが、そこのトップがそういう考えでは、ただのバイトの1人には変えきれないことがわかり、悔しい思いをしました。
・『トップ』に動いてもらわなければ・・・!!!
・みんな『トップ』の考えをもっと知っているのかな?!浸透してないのかな・・・
・『稼ぐ』目的で働くのもいいけど、せっかく働くのだったら稼ぐ以外にも目的を持って欲しいな・・・
・こうやったらお客様はよろこんでくれるのに・・・それで自分にも喜びが帰ってくるのに・・・
そんな思いを抱えていたので、セミナーで受けた衝撃は私の職業を一瞬にして決めたのでした!
現在コンサルタントとして働いていますが、全国各地を飛び回り、たくさんの素敵な会社様と知り合うことができ幸せです!!本当にいい仕事につけたなぁー、天職だなーと思っています。
お客様に支持される会社、従業員に支持される会社そんな会社つくりのお手伝いをさせていただきたいです!































